清水沢小学校を記憶するまちあるき 2018.02.24
清水沢小学校を記憶する調査室展に関連して、2月の清水沢まちあるきは「清水沢小学校を記憶するまちあるき」として行いました。
参加したのは、5名。
実はその場で参加を決めた方ばかり(^^;)だったのですが、清水沢出身者の方と夕張在住の方ばかり。
さあ始めましょう…と清水沢駅の中で話していたら、「展示を見に来たら閉まってて」という方が、昭和48年の卒業アルバムをわざわざ持ってきてくださいました。
昭和48年の卒業生といえば…清水沢が生んだアイドル「リリーズ」!
リリーズのお二人はたびたび清水沢のことをファンの方に話しているらしく、今回の展示をリリーズつながりで知ったという方も見に来られました。
アルバムはお借りしているので、展示期間中ご覧いただけますよ。
(以下話に夢中で写真がまったくありません)
まず、清水沢駅から小学校に向かう新しい道へ。
数日前の下見のときは除雪されていたので、歩けると判断したのですが、それから数日間に積もった雪がバリケードと化し、これじゃ越えられないと断念。おとなしく階段を上がって東台へ。
すると、玄関先で除雪していた方が。もしやと思い声をかけてみると、長く清水沢小学校に勤めていた事務の先生でした。
道沿いに残っているゴミ捨て場の後のことや、清水沢小は結構組合活動が盛んだったことなどを教えていただきました。
立ち話だったのですっかり冷えた私たちは、清栄町の方へ抜けてみることに。
「この坂を走って、滑って転んだときの傷がいまだに残っている」…なんて話を聞いていると、私が転びました…。
駄菓子屋さんの名前は「オサダさん」だったね、なんていいつつ。
左の女性二人は親子。お母さんの子供時代のおもしろ伝説はいかがでしたか?
セイコーマートでちょっと休憩し、もう一度まちなかに戻り、もう一つの駄菓子屋さん「高橋商店」の跡を探して、そして清水沢駅に戻ってきました。
今日わかったこと
- 西川町へかかる跨線橋ができるまで、遠回りがいやだったので線路を渡って行っていた
- 石炭ストーブのアクを掃除するのに、ズボンを焦がした子がたくさんいた
- 学校にはプールがなかった
- 清水沢小教職員は、野球が強かった
- 火葬場の跡にはお地蔵さんが立っている
- スキー授業は大夕張へ汽車に乗って行った
- 宮前にボウリング場があった。その後生協へ
- 神社の鳥居のそばに「子猫ポスト」があった
- 昔の大晃電気の前には馬ふんがよく落ちていた。踏むと足が速くなるという噂があり、運動会の前にこっそり踏んだ
- 高橋商店にはフォーリーブスのポスターが貼ってあった などなど
「清水沢まちあるき」のいいところは、出たとこ勝負。その時だからこその楽しみがあります。
ちょっとした奇跡が積み重なり、充実したまちあるきになりました。みなさん風邪ひかないでくださいね!